山林竹田更良記

思いつきを。

大切にしたいこと

  クッキーを食べながらスマホをいじる、クッキーを見る、スマホをいじる。意識が移動しているのをはっきりと感じられる。クッキーの味のなんと複雑なことか。粉っぽい味にわずかなカカオの匂い、複雑な小麦の構造物を歯でプレスする度に滲み出る油の快感、後味の角のないシナモン。でも目をスマホに移せばすぐに粘土へ。脳みそがピリピリするよ。

  ネパールのそばがきの付け合わせ、カビ臭さに酢をかけたカレー味の大根に黄色いラベンダー石鹸のソースにシナモン漬け砂糖玉ねぎ。さてこれは食べ物?これは何だ、これは。美味いとも不味いとも言えない。知らない。解釈できない。それがたまらなく楽しい。脳みそがビリビリするよ。

 

ダメですよ!

あっちこっちしてやるならやる、みんなやる。やらないならやらないで1人もやらない、これは日本人の国民性なのかしら?

じゃあ僕は日本人の純粋なるところにいます。

最初挫けたらもうダメ、やらない、一切やらないあぁイライラいらいら。でもわずかにでも光明見えれば嬉しくなって全力投球して唐突に折れてあぁ。

この繰り返し、もう疲れますね。しょうがない。感受性が豊かすぎるんだ、社会の雰囲気に僕はなってしまう。最先端にいるのだ。だとしたら、残念ながら、この社会はダメです。少なくとも僕に見える/感じられている社会はダメです。僕がダメなんだからダメです。適当に貯金せず目先の物事に飛びついて無駄に浪費消耗して挫けたら引きこもりneglect yourself and dieだ。そんな状況をどうしようともしない。だって消耗してるもの。元気ないよ。外的要因で叩き起こされ待ち。戦争でも起これば何か変われるだろうかぁ?平和への罪人、罪状は受動的戦争扇動。一回死んでみないとわからないさ、忘れてしまったんだもの。経験からしか学べない、過去を軽んじ知ろうともしない。ダメですよこの社会は。まぁ死んだら関係ないけど。

俺か、俺じゃないか

  自分の頭は思考でいっぱいだ。いちいちいつまでも考えるし、それでいて自分勝手。

  一方で他者と話すと大体、こいつら頭空っぽだなと思う。何も考えないし、自分勝手だ。

  でも、こいつら幸せそうだなと思いながら、自分の頭を拳で殴り続ける。アホになれ、アホになれ、と。いくら繰り返しても、阿呆にはなれていない。むしろ頭は固くなっていくようだ。

  ああ、阿呆になりたい。

雨守り

雨の日に、車のトランクを開いて荷台に腰掛ける。

外に開かれたまま、屋根に当たる雨音を感じる。

なにか、守られているように思える。

タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ

サァーーーーーーーーーー

ピチッ……ピチャン……チャピッ……

焦点を変えれば無数の雨の音がする。

どれが雨の音だろうか。

どれも雨の音だろうか。

雨どいを伝えば川、流れ落ちれば滝になって、砂利の滝壺に穴を空けてゆく。

今日のお出掛けは中止、いつまでもこうしていたいから。

 

革命家

    勉強が、目標や理想を持って行う試行錯誤であるならば、僕は勉強が大好きだし、生きがいだ。

   日々勉強して、僕は革命を起こすのだ。勉強で得たたっぷりの知見からガツンと現実に体当たりする。そして揺り戻される。革命の最先端にいた人間が先鋭化し、ありえぬと存在が潰されるように。それでも、少しは前と変わるのだ。革命もまた試行錯誤である。変わったところ、変えられなかったところ、変わらなかったところ。この数々の試行錯誤がどうなるのか?ああ、暇つぶしにはなるな。